Fishing Boys Forever        However...

酒とべスパと中南米(釣りも!)をこよなく愛するアンクルキィヲの怠惰でアグレッシブな日記。でも時にはセンチメンタルな時もあるかな?でもまぁいいや。

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言葉の壁(スクレ~サンタクルス間にて)

さぁさぁ、どんどん進んじゃいましょう。  これらは2008年1月19日~21日の写真です。

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ポトシの市場での昼食。 たしか飯が120円でビールが60円ぐらいかいな? 
ブラジル人達と終始ボ~ッとしながら、スクレ行きのバスに向かったのでした。


今回はポトシでの鉱山見学後、スクレ~サンタ・クルスにいたる写真を載せながらだべりましょうか。
ボリビアにはいってから、快適な休息やらんちき騒ぎもせず、モンモンと旅を消化続けている感が否めないですね。  こういう感じは本当にモッタイナイ。 なんなのでしょう。

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欧米人旅行者に人気の泥棒宿「Curz De Popayan」で知り合ったドイツ娘のバネッサちゃん。
お誘いを受けて、隣町タラブコの朝市にい出かけました。 うん、悪くないぞ!


ワタクシの好きな言葉の一つに、開高健の名言である 「悠々として急げ」 というものがあります。
いうなれば、「イソイソと時間に追われながらも、ダラダラと怠惰に過ごす」 ではなく、 「ドンと構え、動じることなく、時間を有効に使う」 と言ったとこでしょうか。 
しかし、前回の日記にも書きましたが、あまりにも過密な高速移動は「朦朧として急げ」みたいな感じで、「悠々として急げ」とは程遠いものとなってしまうのは歳のせいでしょうかね。
かといって、全く楽しめていないわけではありません。 様々な出会いがあり、快い人々の心に触れることができ、癒されているのは確実ですね。

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ここタラブコもそうですが、南米全体、大体似たものが売っていたりします。 
しかしまた、よく探せば地域特有のものもあるものなのですが、決まってデザインが悪かったりするのは残念です。


旅の傾向でいうと、言語習慣の関係上、日本人旅行者と仲良くなる事は当然ありますが、その他の外国人旅行者と仲良くなると、たくさんの発見を得ることができるような気がします。

copacabana-tarija (118)
ここタラブコの朝市は「歩き方」や「ロンプラ」にも載っているので観光客も多いのですが、メインは地元民なのでした。 

たとえば言葉の面ですね。 言語というのは基本的にコミュニケーションツールなのですが、できる、できない、又は、主言語であるか、そうでないか、この差で主導権が決まります。 
つまり、これは完全な誤解なのですが、うまくしゃべれないと「アホ扱い」とまではいきませんが、「助けの必要なやつ」とか「こいつはなにもわかっちゃいないのではないか」と言った感覚に陥るようです。

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観光市場的な中心街を離れるとローカル市場になります。バネッサちゃんとペアルックしました。うん・・・・悪くない。

まぁ、日本でいうと、京都観光中の外国人が片言の日本後で道なり何なりを尋ねてきたとします。
例えば、 「キンカクシ ハ、 ドコ ニ アリマス カ?」  なんて聞いてきますよね。

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ここはボリビア、南米で最も貧しい国。 そりゃ衛生面は最悪の部類に入ります。 手で掴み取られた食べ物が皿に盛られ、こちらも手で食べる。なんてことも事も普通にあります。 しかしワタクシは負けません。

するとどうでしょう、きっと 「は?金隠し?・・・・キ・ン・カ・ク・ジ、ノゥ?」 とキョトンとしてしまうか、  

こちらが複数ならば、 
[言葉の壁(スクレ~サンタクルス間にて)]の続きを読む
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  1. 2008/02/26(火) 06:09:22|
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ダイナマイト・ドン・ドン。(ボリビア、ポトシ鉱山見学)

(ウユニ~ポトシ~スクレ~サンタクルス)
なんだか、この行程はドタバタと旅を消化した感が否めなかったですネ。

copacabana-tarija (105)
ポトシの鉱山。コカの葉を噛みながら1日中働き続ける過酷な世界。 
でも別に奴隷が無理やり働かされているわけではありません。 そう、「一攫千金」の世界なのでした。


ボリビアの首都(?)ラ・パスを1月15日に出発し、翌朝到着直後にウユニ塩湖ツアーに参加。
「パリダカなんかより、ウユニラリーを開催するべきだ」と思いたくなるような2泊3日のツアーが終了後、ウユニの町に到着して2時間後にバスに乗り、鉱山の町ポトシに入ったのが翌日の朝4時(しかも雨)。
一人ならそのまま夜を明かすところ、同行していたブラジル学生達のススメでいやいやホテルに入ったものの、翌朝8時トイレに目覚めたらポトシ鉱山ガイドと遭遇。
ブラジル人達をたたき起こし、朝9時からのツアーに参加。昼過ぎにツアー終了し、ランチを食べてから、憲法上に首都スクレ行きのバスをゲット。   夜スクレに到着。
その夜、宿で知り合ったドイツ娘に近くの村の朝市に誘われ、翌朝市場散策。 
昼過ぎにスクレに戻るとブラジル人達が4時発のサンタ・クルス行きのバスを僕のぶんも予約してくれていたのでそのまま便乗。 
翌日1月21日、サンタ・クルスに到着。。。。。。。。

なんだか余韻に浸る間の無い10日間。

この間、洗濯はもちろん、まともな休息はなかったのでした。

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ヘルメットにカッパにトーチライト。 今まで経験してきた様々な肉体労働を思い出しました。 
しかし、 「また現場か・・・」 と暗くなったのは僕だけのようでした。


さて、 ダイナマイト・ドン・ドン です。 (ボリビア、ポトシ鉱山見学)

なぜ、このような題名を付けたかといいますと、本当に、ダイナマイト・ドンドン なのです。

よけいに意味不明ですね、すみません。  別に日本映画の「ダイナマイトどんどん」※(出演: 北大路欣也, 宮下順子、菅原文太  監督: 岡本喜八)が関係しているわけではございません。
映像関係を出すと、「仮面ライダー」や「ゴーレンジャー」などを起源とする、戦隊モノの撮影現場のような世界なのですが、これもまた、深く暗い、このポトシ鉱山の歴史とは関係ないですね。

ええ、題名だけです。   はい、軽率ですね。    スミマセン。

※ 日本映画の感想文「ダイナマイトどんどん」 参照。

copacabana-tarija (78)
リアル現場到着。この日はあいにくの雨。 しかし、坑内では関係ないのです。 

えー、標高4070m、ポトシの町外れには「富の丘」(Cerro.Rico)という名の鉱山がありまして、見学ツアーで有名なのです。  これが、いわゆる一般的な「社会見学」とは少し違った感じなんです。

それはまず、「中で働いている労働者の方々にお土産を買っていく」ということからはじまります。
タバコやお菓子、シュースにコカの葉。  そして、ダイナマイト。

実は、このポトシの町では誰でもダイナマイトが買えます。 
コカの葉もダイナマイトもそこらへんの露天でばんばん売ってます。
女子供でも買えます。  もち、我々旅行者もです。

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さぁ、ズズィーッと奥に入っていきましょう。

さて、なぜでしょう。
[ダイナマイト・ドン・ドン。(ボリビア、ポトシ鉱山見学)]の続きを読む
  1. 2008/02/21(木) 07:40:44|
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ウユニ塩湖ですね。(2008年1月16日~18日)

これまた沢山の旅行者が目指すウユニ塩湖。 
本当はこの前にここボリビアの首都ラ・パス情報を更新しなければならないのですが、(きっと)後日まとめて更新しますので、情報がほしいという方には申し訳ございません。

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ウユニの町に着くまでもが、果てしないアドベンチャーのようなせかいだったりします。

世界旅行者の中にも「実はウユニ塩湖が目的で海外旅行に出てきました」なんて人や、「前回乾期に来たんですけど、どうしても雨期の風景も見たくてまた来ちゃいました!」なんて人もいるウユニ塩湖様。 その手の話をやたら聞いていたので、是非行こうと思っていました。 

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わりあい恒例な事らしいのですが、大型トラックがスタックしておりました。 しかし、運転手、乗客関係なく手伝います。
さすがインカの人々ですね。石畳造りは得意なようです。


ここもまた、マチュピチュとともに、無理して旅を続行した理由の地です。 ここを折り返し地点と考えております。 後は寄り道です。帰り道の道草です。 進む旅と帰る旅。 こんなに感覚が違うものなのか・・・ 
ちょこっとおセンチな39歳です。

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ツアーの最初は「列車の墓場」見学からスタートです。 さすがは塩湖近く。サビサビです。

さてウユニ様。 2泊3日のツアーを組んで行きました。 

cusuco-potosi (409) cusuco-potosi (410)
ここもまた、でっかい風景なのでした。やはり標高が高いと空気は澄んできます。

今回は雨期で雨が多すぎてウユニ塩湖自体を縦断できませんでしたが、一応、旅人が求める「地平線が融合してしまった鏡張りの湖面を走る」事はできました。その他の風景も美しかったです。

cusuco-potosi (412)
かっくいいですね。 見てください、あの地平線(水平線?)を。

今回の我々のツアー、ブラジル人学生3人とスイスの女の子2人、そして、ワタクシです。
これがよかった。 ワタクシはブラジル人もスイス人も好きだからです。親日的なブラジル人とリベラルなスイス人。 どちらも東洋人に対して偏見が少ないのでした。 

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塩湖に入ってすぐの休憩所。残念ながら水が多すぎてこれより先には入れませんでした。

ですので、さしたる心配もなく、快適な旅ははじまったのでした。 

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そらみたことか! これがウユニ様です。  しかし、このカメラ、望遠にすると点の影が写るのです・・・カビですかね。

たどたどしいスペイン語の彼らと、怪しいスペイン語のワタクシ。 うん、い感じですね。 まさに理想的です。 お互いに主導権を取れないので、無神経なことをしなくてすみます。

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ホンとはもっともっとはしゃぎたかったのですが、しかたがないですね・・・

塩湖内を大満喫できなかったのは残念ですが、そのほかの場所も、実はすばらしかったのでした。 なんだかてんこ盛りなツアーでした。     ホントよかったですよー

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ランクルの天井に乗り込んで走ってもらいました。 これが最高です。 ドレッドのミシェル(ブラジル)も感激の様子でした。

でもやはり、もっと塩湖を満喫するべきだったのでしょうか。  いった人、意見を下さい。

まぁ、その他の風景は「続きを読む」をクリックして下さいね。


[ウユニ塩湖ですね。(2008年1月16日~18日)]の続きを読む
  1. 2008/02/14(木) 07:41:58|
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天空の城 マチュピチュ様 (2008年1月5日~)

今、ボリビアの首都ラ・パスにいます。

cusuco-potosi (317)


ペルーのクスコもそうですが、ここラ・パスも空気薄いです。
高山病にこそなってませんが、ちょっと階段を昇るだけでハァハァものです。 さすがは3600m級の高地・・・ずっと富士山の山頂で活動しているようなものなので仕方がないですね。

ウユニ塩湖、ポトシ、スクレ、サンタクルス、オルーロと周り、進む旅は終わりました。 
本来ならば帰り道を旅の余韻に浸りながら夕日の中をトボトボと歩いているはずですが、今後の動き(仕事ね)について考えなければなりません。    どうなることやら・・・

さぁ、更新だ。

今回もタップリです。

cusuco-potosi (179)
リマ~クスコ間、黄昏た砂丘の眺めはかなり良かったです。 

ええ、マチュピチュです。

南米旅行の中心地。きっと世界中の人が一度は行ってみたい場所ではないでしょうか。

噛み締めてやりましょう。

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標高3399mにある都市クスコ。 コロンビアの首都ボゴタの2600mですらヒーヒーいっていた僕はかなり高山病を警戒しました。 ですので到着してすぐにタクシーに乗り、極力無理をしないようにしました。 
クスコ市内にあるインカの石組みに「地球の歩き方」を入れようとしているのはパラグアイでお世話になった「リョウタくん」※。宿で寝ていたら「青山さん?」と起こされた。すっごい偶然!!
※ キィヲの、世界ウルルン滞在記 (パラグァイ編) 参照


アヤワアスカのプカルパを去り、年末年始をリマで過ごし、年始早々クスコに入りました。
目的は二つ。勿論、第一の目的はマチュピチュ様です。 そしてもう一つはお仕事情報を得るためです。
そのお仕事というのはガイドです。

そう、マチュピチュ様のガイド。 

リマに滞在しているときに知り合った永住目的の旅人、ミズさんと仕事に間して情報収集していた時のことです。ミズさんは日本で飲食店の店長業をされていた方なのですが、やはり、日本人として気軽に働けるのは日本食レストランではないか、という感じで動いていました。
僕は短期で、ミズさんも気軽に入り込む手段を選んでおられたのでした。
(つまり背広を着ての日本企業面接は考えませんでした。)
旅人のだれもが考える、「閉塞的な日本の生活」より「なにか違う生き方」を、ミズさんは実行しようとしているのでしょう。

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クスコの市場でたたずんだ。騙しの多いペルーでも、民間市場ではあなりボラれなかった。以外である。 
マチュピチュに入る前にクスコより北へ約30km、ピサックの朝市を覘いた。


そんな時、たまたま同じホテルに休暇で滞在されていた、クスコの日本人ガイドの方にマチュピチュ関連ガイドの求人状況について、お話を聞かしていただける機会に恵まれました。(こういうのを兆候というのですかね?)

なんでも他社で2008年より募集があるだろうとのこと。ただし、就労ビザ取得の問題で3~6ヶ月の研修期間は必要なこと、経費に約US1000$(入国管理局や日本からの書類入手など)がかかることなど、数年前ではアルバイト感覚でできた事が今では難しくなっているらしい(妬みによる通報があるらしい)。

しかしクスコは私の通り道。 コンタクトを取らないわけはない。 ミズさんにも情報提供したい。

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たまたまリョウタ君が「ピサックに行ってみたい」と言わなかったら、決して行かなかったであろう。
でもこうやっていざなわれるのが好きである。リョウタ君に感謝!この町では今でもインカの排水システムを使っている。


というわけで、高山病に警戒しながらクスコに入り、髭を剃り、戦闘用の白シャツを装着して旅行会社の門を叩いたのでした。

お話を聞かしていただいた結果は、前に書いた内容とほぼ同じでした。 2008年の5月にガイドが2人やめる予定で、研修を含めるとちょうど今の時期から確保しておきたいが、やはりそれなりの手間(就労ビザ取得)がかかるので、5年ぐらいは働いてもらいたいし、これをつてに何か将来のことを考えるならば(ペルーで企業なり移住なり)有用だが、短期のアルバイト経験として考えるならばお勧めしない。 という当然の意見と、最後に「相談には乗ります。いつでもきてください。」という意見をいただいた。 つまり、長期スタッフを募集中であり、しかも今、ちょうどいい時期であること、僕の年齢を考慮して、熟慮すること、そして、門は開かれていること。

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マチュピチュへの経由地、オリャンタイタンボの民族衣装は美しかった。
アクセスのため叶わなかったが、ゆっくり滞在したい村である。 遺跡もかなりいいらしい。


しかし観光ビザの切れそうな僕は早急にマチュピチュ観光を済まし、ボリビアへ抜けなければならない状況でしたし、「5年以上の長期」となると、僕の年齢からして半分日本を捨てたようなものになってしまう。 自分にとってはチャンスかもしれないが、両親のことを考えると海外生活は無理だろう。 未来はわからないが、帰国した時は 「最悪の浦島太郎」 になってしまっている可能性が高い。(これってネガティブ?)

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マチュピチュ拠点の村「アグアス・カリエンテス」まで、オリャンタイタンボからサンタ・マリア、サンタ・テレサを経由して水力発電所に行き、そこから線路上をスタンド・バイ・ミーすること2時間半です。

ということで答えを保留さしてもらい、まずはマチュピチュに向かったのでした。

しかし、このマチュピチュ様、さすがに南米最高の観光地とあって、世界中からお客さんが集まります。 
ペルー政府としてはこんなドル箱をほっとくはずはありませんし、お金にがめついペルー人も黙っているはずもありません。 
ですので、入場料やら、アクセス料金やらやたらボッてきます。 
現在、チリの会社がペルー政府から20年契約で運行しているマチュピチュ~クスコ間の鉄道なんて、たかが120kmやそこらで最低US74$(だったかな?)もの値段設定で、毎年すごい値上げをかましているといいます。
2007年中の噂では、2008年より入場料がUS40$からUS100$になるというものもありました。 
しかも、僕の国際学生証(入場料が半額になる)も2008年に切れるので2007年中にアタックしたかったのですが、諸事情で年を越してしまったので学割も効きません。(てか、オッサンですよね。すみません)

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他のパッカーと線路を歩くこと2時間半、アグアス・カリエンテス村に到着したときには辺りは真っ暗でした。
現地人に教えてもらったチキン屋さん「バンビーノ」(サラダ食べ放題付きでUS3$!!)でエネルギーを補充しました。



言われるままに100$も200$も払うことを潔しとしない僕はやはり、作戦を建てなければなりませんね。  

そう、マチュピチュとの戦いなのです。  (ただの貧乏人?)

まずは拠点の村であるアグアス・カリエンテスまで、例のヤクザな列車などはモチロン使いません。
ほかに、陸路はあるようですが、鉄道会社は圧力(金)で通れなくし、外国人観光客はいやがおおにも高級列車(ボロイけど)を使わざる終えない状況を作り出しているのです。

外国人観光客に選択肢を与えないなんて、かなりムカつきますよね。

さて、どうしましょう。 

以前はオリャンタイタンボ(アグアス・カリエンテスの前の駅)から少し先の82kmポイントから線路上を歩いて8時間(30km!)かけるのが最安でしたが、ここもまた鉄道側にとっては邪魔以外の何者でもなく、しかも金にならないので、入り口の82kmポイントに、「許可書のない者は通行禁止」の看板をたててしまったのでした。(まぁ、線路上を歩いているわけですから危ないっちゃ危ないんですけどね)

そこで最近のパッカーが見つけ出した他のルートで入るのは必然です。
(てか、ロンリープラネットにも載っているルートです。)

クスコからバスで8時間かけてサンタ・マリアという村までぐるーっとまわり(約US7$)、ミニバスに乗換えてサンタ・テレサを経由して水力発電所を目指します(約3時間約US4$)。そこから線路上をスタンド・バイ・ミー(!)すること2時間半というものです。 しかし、近年このルートも有名になり、やはり、ペルー人がボリるために群がってきています。本来の値段はリサーチしていませんが、たしか、サンタマリア~サンタテレサ間が現地人価格US1$だったので、きっと3倍ぐらいは取られているはずです。(2008年1月現在の価格なので、これからドンドン上がるでしょう。) 

まさに戦いですね。

cusuco-potosi (208)
さぁ、アタックです。ムムム、この上にマチュピチュ様が・・・しかし、不思議と気持ちは落ち着いていました。
本来ならばアグアス・カリエンテ村から送迎バスで上がるのですが、モチロンこれぐらい歩いてやります。ええ、1時間程度です。


しかし、US75$とUS11$では全然違いますよね。

きっと、もっと頑張れるはずです。 観光料金を払うのも、セーブするのも、自由ですものね。

んなこんなで、はい。

登りました。

[天空の城 マチュピチュ様 (2008年1月5日~)]の続きを読む
  1. 2008/02/05(火) 08:30:47|
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Author:キィヲ
実験ライフにようこそ!

チャレンジだ!

冒険だ!

てか、リスクばっかじゃん(笑)

まぁ、ボチボチいきますわ・・・

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