Fishing Boys Forever        However...

酒とべスパと中南米(釣りも!)をこよなく愛するアンクルキィヲの怠惰でアグレッシブな日記。でも時にはセンチメンタルな時もあるかな?でもまぁいいや。

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やっとこさのラ・パス更新です。(2008年3月12日まで)

結局ボリビアには2ヶ月と4日滞在しました。

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ラ・パスに到着すると、宿の近所の名物市場が解体されてました。 これは痛い・・・

ええ、分かる人には分かると思いますが、この4日。 不法滞在です。 てか、カレンダー間違えていました。 結局国境のイミグレーションオフィスで40ボリ(US5$ほど)で払ってOK。 1日10ボリかぁ・・・情報よか2ボリ高くなってましたね。 まぁ、無事にペルーinできたので良しとしましょう。

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エル・アルトという中古品やなんかが売っているマーケットに行きました。 大変混沌としていますので注意が必要です。 
パタゴニアやノースフェイスなどが激安で買えます。 ナイスなズボンをUS5$でゲット。
魚や豚肉の唐揚げと、ジャイアントコーンやジャガイモを煮たものが庶民の昼食です。
手で盛り付けられ、手で食います。 実はあんまり美味しくありません。てか、ボリ飯はまずいのです。


ボリビアの首都、ラ・パスには入国時、周遊後、タリハ滞在後の3回訪れたことになります。
宿はいっつも、元日本人宿サンタクルスの「Youkoso」にしました。 ここの新オーナーのマルタ(バックパッカー宿アウストリアの従業員でもある)が、とーってもキュートで優しいので情がうつってしまったのです。 

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なんと公衆トイレにドアがありませんでした。 大地も泥まみれで混沌・・・さすが、南米最貧の国ボリビア。 
名物の赤いボリビアティッシュ売りと記念撮影。このちり紙、「拭く」というより、「こそげ落とす」という表現があいます。


前、サンタクルス時代は汚く、シャワーがちょろちょろ状態で苦労した旅人が多かったようですが、現代は少しづつ改装して、だいぶん快適になっていると思われます。シャワーもまぁまぁ快調やし、壁も綺麗やし、ベッドも快適ですから。

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エル・アルトからはラ・パスの街が一望できます。 なにかお祝い事があったのでしょうか、簡単な観覧車のありました。

しかも、このマルタ。 バスやツアーの手配もしてくれるので、超楽ちんでした。ルレナバケのジャングルツアーや有名な自転車ツアーの「デス・ロード」なんて、直接頼むよりお安くなっちゃうんですから、いいですよね。 僕はウユニツアーを頼みました。 

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アル・アルトにはなんでも売っています。 なんと、日本の救急車までが売られているではありませんか!

バスなんかは当たり外れの問題なので、運に任せるしかないですね。 そう、ボリビアのバスは南米最低ランクにはいるのです。 いいバスに乗れたならばラッキーと思わなければなりません。 
経験的に言うと、バスは直接買って、直行便よりも、大まかな各都市経由のほうが、安くて、バスも選べそうですが、なんたって楽ちん。 しかも高級なバスのほうが、セキュリティーの面でもマシかと思われます。

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虹も出て、眺めは最高です。 どんな思いでラ・パスを見つめているのでしょうね・・・

ここラ・パスでは、日本人宿にいたせいもありますが、沢山の友達ができました。 たいがい一人か、欧米人旅行者と一緒なので、たまの日本人宿はいいものです。

しかし、このラ・パス。 
[やっとこさのラ・パス更新です。(2008年3月12日まで)]の続きを読む
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  1. 2008/03/18(火) 05:54:08|
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元大使館料理人(ボリビア・タリハの思い出・2008年2月15日~3月3日)

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タリハの町は他のボリビアの町と違い、とーっても綺麗で人々も洗練されていました。さすがアルゼンチン国境近くです。

ボリビアのビザを更新して、首都ラ・パスの宿「YOUKOSO」(元日本人宿サンタクルス)に戻り、ブログの更新やらに集中していると、宿泊客に中にビール大好きな年配のおじさんがいました。 名前はナベさん。色々お話を聞くうちに、その方は元、ブラジル・ペルー・ボリビアの大使おかかえ料理人で、引退して今はボリビア・アルゼンチン国境付近の町「タリハ」でノンビリと隠遁生活をされているとのこと、「もう戻るので、時間があったらいらっしゃい」とのありがたい申し出をいただき、同行さしていただきいました。

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さすがは元大使館料理人、着いて即市場に行きました。 しかも買い方がハンパじゃない。何十キロも買います。

ナベさんはラパスに買出しに行っていたのでした。 ここタリハには豆腐や日本の醤油など日本食材を手に入れるのが難しく、料理人の彼としては大変厄介な場所だといいます。 しかし、たまのラパス遠征もいい息抜きになるそうです。 

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タリハで1番大きい市場、メルカド・カンペシーノでは沢山の食材が最安で買えます。
しかも観光地ではないので、泥棒も少ないそうです。いいですね。


ここタリハは標高も低く、とても気持ちいい町でした。 しかもボリビアワインの生産拠点です。 
まぁ、見所は少ないので、観光には向きませんが、治安もよく、ノンビリ過ごすにはとてもステキな町です。

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翌日早速食事会がありました。 ナベさんにJICAの隊員さんがとてもなついておりました。
1階では大家さんの奥さんの誕生日パーティー。チャカレラというボリビア特有のダンスを踊るのです。しかも朝まで・・・


ナベさんはとてもおおらかな方で、JICAのタリハ隊員たちはいつも「ナベさん、ナベさん」となついているのでした。 彼らにとっては「料理の上手なおじぃちゃん」的存在で、ナベさんにとっても「海外で頑張るかわいい孫達」なのでしょう。 アパート内の子供達も「ドン・ハイロ!」(ハイロとはナベさんの名前のヒロからきています)と、ベタベタです。 あわただしくも優雅な隠遁生活じゃないですか。

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2日後はまたまた大家さん娘の誕生日。 キラキラしている子供達がかわいいですね。エルサルバドル時代を思います。

しかし、しょっちゅうしょっちゅうインビテーションがあり、「ノンビリ」するつもりが、買出しや仕込みで結構てんてこ舞い。しかも彼の作る料理の量がハンパではありません。例えば、朝食はハム6枚、卵焼き6つ、パン6枚。3時間後には「さて昼飯にするか」と、てんこ盛りもトンカツに大量の味噌汁。 しかも朝からビールです。  
非常に体力のいる滞在になったのでした。

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大家の娘のシルビアちゃんは大変なおしゃまさん。 なーんにも気にせず自由奔放なのでした。住処は最上階。

もちろんいただいてばかりでは気が引けるので、なるべくビールやワインは買うように心がけました。

当然ですよね。

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1階の子供達は貧乏で少し暗い感じでした。しょっちゅうナベさんちに食べ物のおねだりに来ます。
ここにも貧富の差があるのでした。左の写真はナベさんちでお昼寝のシルビアちゃん。


ナベさんは若くしてすぐに大使館料理人になったらしく、基本的な考え方が大使館よりなので、一般人のワタクシにはびっくりするような言動もありますが、これも「それぞれの人生」。 
否定するわけにはいけません。 

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恐竜博物館に連れて行ってもらいました。 タリハ近郊では沢山の遺物が出るようです。
ラボでは研究員の方々が保存処理する姿が見られました。 遺跡発掘のアルバイトをしていた時を思い出しました。


例えば、
[元大使館料理人(ボリビア・タリハの思い出・2008年2月15日~3月3日)]の続きを読む
  1. 2008/03/16(日) 03:57:19|
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チチカカ湖とおじいちゃん(2008年2月10日~2月12日)

今、ペルーのクスコに戻ってます。

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これはペルー側、ウロス島からの風景です。一応チチカカ湖らしい風景からはじめましょうかね。 

結局ボリビアは2ヶ月いたことになります。 本当はボリビアの首都ラ・パス情報更新をしようと思ったのですが、その前にビザ更新のために立ち寄ったチチカカ湖畔の街、コパカバーナでの思い出を書きたくなったので、それを先に。

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青いぞ!チチカカ。  空よりも青い時もままあるチチカカなのでした。

一般的にペルー、ボリビア間を通過する場合、チチカカ湖を通るのですが、今回の更新、正確にはペルーから入国時と、ビザ更新時、そして今回クスコinするにあたっての写真が混ざったものです。つまり3回もチチカカ湖畔を通過したことになります。  ある意味贅沢ですね。

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豊かなのか、荒涼としているのか・・・なんせ4000m近い標高です。 厳しいはずがございません。

チチカカ湖といえば、「ウロスの浮島」で有名なペルー側のプーノと、「太陽の島」で有名なボリビア側のコパカバーナと言う町が拠点になるのですが、プーノは少々にして、「太陽の島」への旅を中心に更新していきましょう。 

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コパカバーナの半島にはバスも人も船で渡ります。ささやかなエンジン付き渡し舟ですね。

慌しくボリビア本土をぐるっと周った後、首都ラ・パスにもどり、今後の計画についてしっかり考えようと思っていたのですが、ビザがギリギリだということにき気づいたのです。 ルート的にはそのままペルーinなのですが、ゆっくり考えるならば、物価の安いボリビアにしなければなりません。 南米の中で安い部類に入るペルーの約半分の物価ですもの。 今後のことに関して決断に迷っていた時ですので、迷わず国境でのビザ更新を選んだのでした。    ちょっと腰抜けな39歳ですね。

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重量のせいでしょうか、人は別のなんちゃってクルーザー(50円)で渡るのですが、三回渡ったうち2回エンコしました。プチ遭難ですね。

とりあえず、国境ポイントであるユングーヨの手前にあるボリビア側のチチカカ湖観光拠点コパカバーナに向い、ビザが切れるまでの2日間はチチカカ湖での釣りに興じようと決めました。 

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コパカバーナに着くと、またまたカーニバルでした。しかし、さすがは国境の観光地、水風船と泡スプレーは禁止です。 
泥棒対策ですね。正直オルーロのカーニバルも見習ってほしいです。


ええ、水のある所にルアーを放り込まなければなりません。

しかもチチカカ様ですから。

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泊まった宿は「アロハミエント・サン・ホセ」1泊15ソル(約US3$)よかったです。 
カーニバルは11時以降は禁止なのでした。 ちょっと可哀想でしたね・・・


渡し舟の船頭さんや現地の子供達から情報収集をした結果、100%の確率で、「太陽の島だ。」という返事でした。 (といっっても5人ぐらいにしか聞いてませんけど・・・) 

ムムム、観光地が呼んでいる・・・

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翌朝8時、コパカバーナの町を半島の北に向って歩き始めたのでした。 食料はクッキーと水だけです。

コパカバーナに到着するやいなや、ボロボロの「ロンリープラネット」で「太陽の島」の情報を探しました。(てか、おそいですよね・・・)  するとどうでしょう。 
「コパカバーナからヤンプパタまで3~4時間、17kmのトレッキングはエクセレンテ!しかもそこから太陽に島行きの船をゲットできるぜ!」 と書いてあるじゃないですか!(たぶん・・・)

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振り返るとコパカバーナ。なかなか距離が縮まりませんね、空気が澄んでいる証拠です。
湖岸はプラスチックだらけ・・・発展途上国はこれです。フジモリ政権以降マシになったらしいですが・・・


時間の許す限り歩いたりして実感高い旅を優先するワタクシは、今回も一般的なツアーより、個人的な動きをしたのですが、 いい旅になりました。  なんたって、「歩く」 というスピード、これがいいのです。  目で物を見つけるスピードだけでなく、聴覚、嗅覚など、五感と直結した旅ができるのです。 
こんな贅沢はないのです。

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生き生きとした生活がいっぱいなお散歩でした。 しかもメチャメチャ美しくないですか。

しかも今回の行程、まさに 「五感の直結」 を体感できる、しかも牧歌的な、の~んびりできる行程だったのです。      あぁ、幸せ・・・・

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前を向いても、後ろを向いても、ソ~ビュリフォ~。 かなり幸せな道のりです。 お天道様に感謝ですよね!!

現地の人々と立ち話などをしながらの散歩。 まぁ、17kmの散歩なんて散歩の域を遥かに超えているのですが、 気持ち的に(体力的ではないですよ)歩きなれているワタクシとしては許しちゃいます。

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動物と植物と湖・・・ 行程17kmは少々しんどいですが、耐えられます。 でもボリビアのユウカリばかりの植林事情には閉口モノでした。ユウカリは材質が硬く成長も早いのですが、あまりにも地力を奪う樹木なのです。環境保全にはむきません。

なんとかギリギリ楽しい状態でヤンプパタに到着した時は1時を回っていました。 マチュピチュ帰りのときもそうでしたが、いつも予定より1~2時間遅れて到着してしまうのはなぜでしょう・・・

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ヤンプパタは寂しい村でした。船に乗り、早速ルアーを放り込みましたが、アタリはゼロ・・・嫌な予感です。

船着場に行くと、木陰でねっころがっている係員(?)に「エンジン付きはUS10$、手漕ぎはUS3$」と言われました。 もちろん、即答です。

「手漕ぎで。」

早速船上で釣りをはじめたものの、アタリもなんにもない状態に眉間にしわをよせていると、現地人の船頭さんが帽子を脱ぎながら言うのです。  
「ココにはほとんどもうな~んもおらんよ。み~んな昔に食ってもうたわ」 と。
ワタクシは 「また現地人に釣れない呪文をかけられた・・・」 と舌打ちしながら、船頭さんに「太陽の島でもダメですかね?」と訪ねがてら振り向くと・・・

それはまるで、

奇跡の再会でした。
[チチカカ湖とおじいちゃん(2008年2月10日~2月12日)]の続きを読む
  1. 2008/03/13(木) 22:05:12|
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オルーロのカーニバル(2008年2月1日~5日)

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オルーロ近郊には「カパチョス」と「オブラヘ」という名の温泉があります。洗濯ついでに行ってやりました。

「カーニバル」といえばブラジルのリオのカーニバルなのでしょうが、ここボリビアでもカーニバルが行われ、その中で最も大規模で有名なのはオルーロという町のカーニバルです。たまたまサンタクルスで知り合ったタクシくんのお勧めで立ち寄ることができました。でなければ即ラ・パスに戻っていたことでしょうね。

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タクシくんは日本で即興ラップをなっている心のきれいなお兄さんです。「音楽に携っていないと幸せじゃない」と言ってました。
みんな幸せになるといいな・・・    中央の写真は悪魔の仮面「ディアブラーダ」に煙をかけて祈願している様子です。


南米3大祭りの「リオのカーニバル」(ブラジル)、「太陽の祭り・インティ・ライミ」(ペルー)と並ぶのが、この「オルーロのカーニバル」(ユネスコ、人類の無形口承文化財指定)だそうです。
なんでも1789年から行なわれていたという資料もあるそうで、大変歴史の古いカーニバルのようですが、衣装などはかなりブラジルの影響が濃いと思われましたね。 豪奢でありながら泥臭く、華麗でありながら異様なアンデスの祭りでした。

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まずは各地方の方々のパレードが行われてました。この時点では「なんだ、所詮ボリビアじゃん」といった感じで、憂愁のボリビアを感じたものです。

元々は、先住民族であるアイマラ族やケチュア族が持っていたパチャママ(地母神)信仰がキリスト教の聖母マリア信仰と結びつき、この創造の母に捧げるものとして始まったようです。また、スペイン人侵略者を鬼(ディアブロ: diablo)と重ね合わせ、恐れを持って踊りに表したと考えられています。

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もうパレードが始まっているのに観客席の準備がまだできていないあたりは流石南米ですね。

ほかのカーニバルと大きく違う点は、音楽と踊りの種類の多さですかね。 元々興味も前情報なかったので、無意識に見聞きしていたのですが、今回の更新で調べてみると、以下のようなものらしいです。
(ウキペディア フリー百科事典より)

カポラル(カポラレス)
男性は足に拍車をつけ、軽快にそれを踏みならして踊る。女性はミニスカートで腰を巧みに振りながら回るように踊る。近年最も踊り手が多い踊り。

モレナダ
男性はウェディングケーキのような奇妙な服を着て大きな仮面をかぶってヨタヨタと踊る。女性はミニスカートで回るように踊る。カポラルの次に人気の高い踊り。

ディアブラーダ
ディアブロ(diablo:鬼)の踊り。大きな目玉と角の付いた仮面をかぶり、腿を大きく振り上げたステップを踏む。手にはハンカチを持ち、リズムに合わせて振る。

サヤ(ネグリート)
白人侵略者が黒人奴隷を虐げる様を踊りにしたもの。

スーリシクーリ
鳥の羽でつくった大きな帽子をかぶり、それを回すように踊る。

リャメラダ
リャマ追いの踊り。

ティンク
殴り合いの踊り。

トーバス
厳めしい顔の仮面をかぶり、長い羽をつけた帽子をかぶる。小刻みなステップを踏みながら時折大きくジャンプをする激しい踊り。

アンタワラ
ポンチョを着て山高帽をかぶり、軽快に踊る。

サンポニャーダ
民族楽器であるサンポーニャを吹きながら踊る。

タルケアーダ
同じく民族楽器のタルカを吹きながら踊る。

インカス
インカの王族の扮装をして練り歩く。踊りというよりも仮装行列のような感じである。

ドクトルシート
シルクハットに燕尾服、手にはステッキという出立ちでコミカルに踊る。

クジャワダ
丸い帽子のふちに簾のようなものをぶらさげ、手には糸紡ぎの独楽を持って踊る。

ワカワカ
牛のハリボテを腰につけて、それを前後に激しく揺すりながら踊る。「ワカ」はアイマラ族の言葉で牛を意味する。

パラグアージョス
傘を持って、回したり傾けたりしながら踊る。「パラグアス」はスペイン語で傘を意味する。

ムムム、こんなにあったのか。 

気づきませんでした。 

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お祭りの活気に沸き立つオルーロの人々。 そういえばここボリビアで合法かつ、習慣のコカの葉についての映像は初めてかな。市場のコカ売り場の様子です。手前の石ころみたいのは重曹などのカリウム類で、この粉末えお一緒に噛むと効果が早いそうです。

そして、このカーニバルでもう一つ有名なのが 「水かけ」

[オルーロのカーニバル(2008年2月1日~5日)]の続きを読む
  1. 2008/03/10(月) 05:30:03|
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ボリビアの日本人(サンタ・クルス2007年1月21日~)

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雨のサンタクルスで相棒の手入れ。ターミナル横の宿、アロハミエント・ティア(カサナランハ25番地)にて。

アルゼンチン、ブラジル、ペルーなど、南米には沢山の日系移民の方々がおられますが、ここボリビアにも有名な移住地があります。 サンタクルス県にある、「コロニア沖縄」と「コロニアサンファン」という所で、それぞれ沖縄と九州からの移民の方々が多いようです。

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コロニアサンファンの入り口。 今では労働者のボリビア人の方が多く住んでいます。

サンタクルスの日系人の方々に少し尋ねたいことがあったので、ふらりとよってみました。 

それは、「釣り情報」。

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やはり日系。 日本式水田で地元ボリビア人が田植えをしている風景に出会いました。風土のせいか東南アジアっぽいですね。

今が雨期なので、僕のスタイルであるルアーフィッシングは難しいと分かっていたのですが、
かなりの大物釣りを楽しんでられるようなので、お話だけでも聞かしていただこうと思ったわけです。

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ボリビア人居住区は日本人居住区とは違い、いかにもインフラの整備が進んでいませんでした。まぁ、しかたないですね・・・

サンタクルスから乗り合いタクシーでモンテールロという町に行き、サンファン移住地への分岐点の町「サンタフェ」まで向かいました。 そこからまた乗り合いタクシーを乗り換えてコロニアサンファンに入ります。

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しかしさすがボリビアのジャングル地域に属するサンタクルス県。 木々が豊かです。

その時、たまたま乗り合わせた日系人の主婦の方とお話を聞くうちに「よかったら家に泊まっていかれませんか?」とありがたい申し出をいただき、突然ながらもお邪魔さしていただきました。

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サンファン内の食堂にて、さすがに日本人慣れしているので不自由はありません。 
真ん中の鳥は二田原さんちのロリータ。 鶏用の餌(成長ホルモン)でデブデブです。 怖いですね・・・


二田原さんというやはり九州系のご家族で、ご主人は移住地内の病院で働いておられる方でした。
到着した日、たまたま(!) 「アマゾン釣会」たる集まりの総会に出なければならないとの事で、無論同行させていただきました。 何たる幸運なんでしょう。

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二田原さんちのおばぁちゃんとロリータ。  戦後移民の方です。

「今期の予算は~」とか、「会費の不払いについてですが~」などといった内容の会合が終わると、焼肉と持ち寄りのお惣菜などが振舞われ、ありがたいことに、突然の訪問者であるワタクシにも気持ちよくビールが回ってきたのでした。 

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帰り道、「アマゾン釣会」の会合でお会いしたバンイさんが通りがかり、鴨撃ちに連れて行ってくれました。

早速釣りの話を聞いてみましたが、やはり増水期なのでルアー釣りは難しいとのこと、でも餌釣りならば、バグレ(なまず類)などが釣れるらしいです。 話が盛り上がりそうになってきたころ、突然外から他の会員さんが携帯で話しながら入ってきたのでした。

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残念ながら不猟でした。 1発US10$近い弾を撃ちまくるのです、裕福な証拠ですね。

「○○さんちに泥棒が入った!」 
[ボリビアの日本人(サンタ・クルス2007年1月21日~)]の続きを読む
  1. 2008/03/08(土) 00:49:41|
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