Fishing Boys Forever        However...

酒とべスパと中南米(釣りも!)をこよなく愛するアンクルキィヲの怠惰でアグレッシブな日記。でも時にはセンチメンタルな時もあるかな?でもまぁいいや。

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さらばクスコ

やっと5月下旬に航空券が取れた。(US1080$)西河ツールのココちゃん、ほんとにアリガトネ。

関東圏の旅仲間にあいさつしてから帰京したかったので、あえて成田までにしたから京都には6月はじめになるだろう。

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今回の写真は近況の風景と現地の友達です。これはウルバンバのアーティスト、レイナルド。地元の雑貨屋にて。

なんとか、知り合いになったすべてのクスコの人々に挨拶ができた。

すべてではないが、ほとんどの日本人が観光業に関係していて、色々アドバイスをもらったり、参考になる本を借りたりしていたので、会わなければならなかったのだ。

みんな暖かかった。

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レイナルドはミュージシャン。45歳のヒッピーだが、自分で土地を借りてセレモニーができるような場所を作っている。

ガイド仲間(未遂やけど)の方々は送迎パーティーをしてくれた。 ある人(森さんね)のお家でのパーティーなんて、歓迎会と送迎会の二回だけの訪問になってしまい、「なんだかねぇ」といいながらもワイワイと楽しい宴を催してくれた。 リマで出会い、この仕事を紹介してくれた吉田さんは、別れ際に硬く手をつないで「お客さんを連れてマチュピチュで遇う日を待っています」と言ってくれた。
しげっちさんのお家でも梶さん、あいちゃん共々ご馳走してくれた。 あいちゃんは「きっとここじゃないんだよ、クスコに呼ばれてなかったんだよ。ほかにあるんだよ」と言った。

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写真1 ケンコー遺跡ちかくの風景。なんであんなところに人形が吊るしてあるのだろう・・キモイ
写真2 レイナルドと犬。 お庭で朝食をいただきました。 
写真3 たぶんインカ道トレッキングのポーター達の洗濯風景。


「呼ばれてない」と言う言葉には少しズキンときた。 以前キコリをしていた時、度重なる災難や怪我に近所のおばぁちゃんに「あんたは山に愛されてない。街に戻りなさい」と言われたことがあったからだ。 

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ピサック遺跡からの風景。 ミニマチュピチュと言ったところかな。 でも規模はマチュピチュより大きいんです。

弓場農場でお世話になってるとき、ある人に「君は約束の場所を探しているのかい?」と聞かれてことがあったのを思い出した。あの時、何の話でそのような質問が出てきたのか思い出せないが、たしかに生まれてこの方ずっと転々としている。 

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現地のトウモロコシの天日乾燥風景。 とっても彩が綺麗なんです。これが、現地のパン、モテ(ジャイアントコーンの似ただけの物)や、インカからのたいせつなお酒チチャになるのです。

べつに「自分探し」をしようなんて思ったことはない。子供のころの転校、引越しは別にして、大学中退後は、 「こうしななければならない」と言う感じで、色々経験していくうちに「こうしたい」と言う感覚になり、その後は「ただ生きていればいい、できれば健やかに」といった気持ちになれた。そして仕事の発想や旅立ちも「ひらめき」に近い発想であったりもした。つまり今まで自分の意思と発想で動いてきたのだ。

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バス停のポップコーン売りとウルバンバの友達、陶芸家のジョン家の洗濯。風景

しかし、今回のクスコ滞在は違った。「ガイドの仕事をしよう」と心に決めるまで3ヶ月悩んだ。今まで違う感覚の中で旅をしながら様々な人々、情景に出会い、流れ流れてクスコに到着した。
今まで海外生活なんて念頭においてなかった。それは僕が長男であるせいかもしれないが、あくまでも日本だと。

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生活風景。ジョンとは計3回釣りに行ったが全部ボウズ・・・家族のかぼちゃ料理で癒された。

しかし、クスコにきて、緩やかな生活の中、様々な活動をされている方々に会い、現実的な生活を見るにつけて、ふと、 「ここなら絵を描き始められるかもしれない」という思いがわいてきたのだ。

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名も無き花、というか、知らないだけなんですがね・・・ガイドをするなら、勉強しないとね。


なんだか心の奥がホンワカとあたたかくなる感覚をおぼえた。


どうせやるならバリバリ儲けてバリバリ貯金してやろうと思っていたが、そんな気持ちは薄れていったし、現実的に時期にもよるが、そんなに忙しくはないのだ。 ましては最初の1年ぐらいは実力的にも無理であろう。

でもそんな気持ちにさしてくれたクスコ、そこに住む人々に感謝いている。

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ジョンの窯元「ウィルカマユ」 陶芸教室もやっていて、これから「頑張ろう」という意思がみられながらものんびり。

そしてある人、
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  1. 2008/05/19(月) 07:23:51|
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ガイドの勉強とクスコの暮らし・・・しかし帰国モード

突如、帰国することにしました。

「一身上の都合」とだけ言っておきましょう。

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こちらでの生活を心に固め、ガイドの勉強をしたり、絵のかける環境探し(住処ね)をしてモチベーションも上がってきていた矢先の話なので、正直へこんだけど、この人生、度重なる激しい変化のなか、少しは慣れたのだろうか。  そう決めた途端にネットで航空券と職探しをしている自分がいた。

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お世話になる予定だったエージェントの経営する宿の風景。 ここで暮らし、学び、色んな人と語り合った。

そいやぁ、カナダにいたときもそうだったが、ネットって便利。 日本で探すより、ネット代も電話代も安いし、ハローワークでもなんでも情報は一発で出てくる。 しかし笑ったのは日本に帰国してからだった。 帰国直後、ネットで収集した情報をもって、管轄のハローワークに行った時のこと。

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ここの椅子は木製で硬く、お知りの皮がむけて痛かった。 でも今は皮が硬くなって大丈夫。 そんなに勉強したかいな・・

「あのーカナダでしらべたのですが、こちらの情報(沖縄~北海道までの日本中)のお仕事に興味があるのですが・・・」とファイルを見せたら窓口の人に、「はぁ、そちらの情報はこちらの管轄外ですので、それぞれの管轄のハローワーク窓口に行って下さい」と言われた。 

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旅の学生、ジュンくんと近郊の遺跡に行った。 彼はこの後アメリカに留学し、休みに入ったらもっとゆっくり南米を旅したいと言っていた。インカより古いワリ期の遺跡「ピキリャクタ」付近で釣りしてみたがまたもやボウズ・・・アマゾンが懐かしい・・・

海外で調べても、ハローワーク関連はハローワークを通さないとコンタクトは取れないので到着翌日に窓口まで来たと言うのに、各ハローワークは連結をしていなかった。 
外国に居る時より、日本国内に入った瞬間、日本各地は遠くなってしまった。今まで平気で何千キロも移動してきたのに、日本にいるととてつもなく遠くなってしまうのだ。 

経費がかかりすぎる国。

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ピキリャクタはとても大きな遺跡。見た瞬間に「疲れたから帰ろうか・・・」とつぶやいてしまった。 近くは湿地帯になっていて、地元のおばちゃんが洗濯をしていた。 ここら辺まで離れると人も変わる。うん、牧歌的

それぞれの管轄のハローワークに行ってたら、日本一周ハローワークの旅になってしまうではないか。お役所関連窓口の人に毒ついてもしかたがないのは承知なので、深久と頭を下げる窓口の人を後にハローワークを出、鴨川で缶ビールを飲んだ記憶がある。

まぁ、そんな事を思い出しながら、の更新です。

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なぜかヒマワリ畑があったピキリャクタ。 ほとんど放置状態の遺跡でした。だれもいかんからしゃーないかぁ・・・

こんな状況やけど、ここクスコでの暮らしぶりについて書いてみましょう。

だいたいは、インカの歴史や遺跡の勉強と住処探しをしていました。

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ティポン遺跡。この精巧な石組みの段々畑はインカと太陽神のためのものであろう。 遺跡の丘からの眺めは最高でした。

まずはガイドの勉強。

インカの歴史や風土、文化などの本を借りて、読みまくり、ノートにまとめたり、他の日本人旅行者さん達を連れてガイドの練習さしてもらったり。 しかし新しく覚えることが多く、専門書なんて読んでいると、考古学だか文化人類学の学生になった気分。13代もいるインカ皇帝たちや、年表、ケチュア語の名前の村や山や遺跡たちや数千種類もあるというジャガイモ達・・・・・

この硬化した脳みそにぶち込むのは至難の業でしたね。

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ティポン遺跡には精巧な水路も整備されていた。しかし、いまだ続く発掘作業を見て唖然・・・修復というより作り直してる・・・

そして、今後借りるつもりだった部屋探し。 

油絵を描いたり、オブジェも作れる部屋もほしかったので、やはりアパートか・・・さすがは観光地だけあって結構高かったです。  僕は外国人なので更に高い。 だいたいUS100$まででさがしていたのですが、平気でUS3300$なんて言ってくる。  しかも創作活動するには小さい。 先輩ガイドさんたちはだいたいUS200$~US300$で住んでおられるのですが、3LDKぐらいはある。 しかもかなりいいアパートなのです。 ほんとペルー人って、こすいのです。 はい、南米1です。 

安いところはあるけど、中心街から遠かったり、ドロボーさんや治安の問題で考え物。 まぁ、時間はあると思っていたからゆっくり探していましたけどね。


そんな時にやってきた旅人、「マスやん」という女の子。
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  1. 2008/05/11(日) 04:54:45|
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Author:キィヲ
実験ライフにようこそ!

チャレンジだ!

冒険だ!

てか、リスクばっかじゃん(笑)

まぁ、ボチボチいきますわ・・・

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